AikaCat’s blog

天皇君主制とアベノミクスとケントギルバート氏を支持する少し右よりの保守派のブログです。

大東亜戦争まで

黄文雄氏の、大東亜戦争肯定論、という本を読んでいる。明治維新から戦前までを読んだ所だが当時の世界情勢が近代化と植民地化と領土拡大の時代だったことを改めて感じた。日本にとってはロシアもアメリカもイギリスもドイツも清も朝鮮も脅威と不安定要因だった。当時は列強が武力と経済力で進出侵略する時代だった。日本が対抗する防衛するためには経済力だけでなく軍事力の強化と朝鮮や満州への防衛的な進出がどうしても不可欠だったと思えてくる。外国の圧力に立ち向かうには小国主義ではなく半島や大陸に進出する大国主義が不可欠だった。日本の進出は植民地支配というよりも近代化という側面の方が大きかった。朝鮮や満州を近代化し外国から防衛しようとしたという側面が大きかった。単純に侵略とは言えないと思えてくる。当時の世界情勢から言ってやむを得なかったような気がする。朝鮮や清は近代化に反対するような姿勢を見せていた。日本には反発が大きかったが外国に対抗するためにもこれに立ち向かう必要があった。これまで長谷川慶太郎氏の、歴史頭脳を持っているか、という本を読んで近現代史について詳しく知ることができたが、この本も良い本だと思った。

日本の主張

歴史認識とはやはり国によって違うものだ。戦勝国と中国韓国の歴史認識と日本の歴史認識が違っていても当然のことだ。日本は日本の歴史認識を教育し教えるべきだ。日本の問題であり外国にとやかく言われるものではない。世界とのずれはそれはそれとして教えるべきだ。大日本帝国について近代化した文明のその功績と貢献を教えることも必要だ。なぜ軍国主義的になったのかということもある。侵略と植民地の問題も日本だけではない。世界中が古くから様々な形で行っていた。日本の正当防衛的な主張も日本では教えるべきだ。国民に知らせるべきだ。そして戦争は既に過去の出来事であることも確認すべきだ。この当然のことが戦後70年間出来なかった。大きな負の遺産である。大日本帝国の正の遺産についても教え知らせる必要があると思う。靖国神社参拝も続けるべきだと思う。新しい無宗教の追悼施設などは全く意味がない。日本の伝統として続けて行けばいいだけだ。日本は誇るべき文明と文化を持っている。過去にも持っていたし未来にも続くだろう。それを忘れずに伝えて行くべきだと思う。これからは改めて見直されて行く必要があると思う。

歴史と政治

中国人も韓国人も実際それほど歴史に関心を持つ国民性ではない。歴史よりも政治最優先の国だから歴史を政治と考えるのも一般的に見られる手段である。その歴史と政治をどう区別するかについては極めてわかりやすい。価値観をつけるかどうかですぐわかる。つまり正邪善悪をつけるかつけないかによっても一目瞭然だ。いわゆる正しい歴史認識か正しくない歴史認識かによって正しいか正しくないかを求めるのは政治であって歴史ではない。もちろん反省と謝罪が歴史ではないのは言うまでもない。歴史に対して謝罪、反省する行為こそ政治的であって歴史そのものではないのだ。戦後50年の国会謝罪決議がもっとも教訓として学ぶ反省すべき好例である。国会謝罪が採決された途端、中国韓国は評価するどころか逆に非難ごうごうだったではないか。あらゆる歴史問題については日本のみ一方的に反省する必要は全くない。日本人の良識、良心は中国韓国に比べると文化レベルもそうだが天と地の差がある。はたして戦後の日本人は歴史に盲目なのだろうか。いや米露中韓こそ盲目である。歴史の真実に意図的に目を覆うだけでなく自分達に都合のよい政治しか語らないではないか。日本は近代国民国家として開国維新から約90年にもわたって中国韓国に大きく貢献してきた。それ以外に一体世界史にいかなる貢献をはたしてきたのだろうか。日本は今でも世界貢献トップの国として高く評価されているのだ。作られた日本の虚像ではなく日本の実像にもっと目を向けることが勧められる。

日本の平和運動の間違い

日本人の平和運動はあくまでも平和国家に対するもので戦争国家や革命を目指す集団には全く無力だった。反戦運動なら日本人は本来、北京や平壌でやるべきものなのである。平和国家や安全地帯での犬の遠吠えなど結局は一種の道楽なのだ。しかも唱えているのが中国や北朝鮮側に立った侵略者の平和なのだから実に悪質きわまりない。現在の日中関係を見る限り構造的暴力に近い中国側の構造的圧力がいつでも存在している。日本は中国の戦略的属国になっているとまでは言えなくても少なくとも両国はいわゆる特殊な国と国との関係にある。これをどうして日中平和友好関係と言えるのか。日本人の国を愛する心そして伝統的な文化、精神を愛する心を奪ったものは他ならぬこのような偽善的平和市民運動なのである。平和というなら日本ではなく中国北朝鮮に行ってそこで言え。日本国憲法前文にある、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、との謳い文句は誤った現状認識に基づいていた。本来ならばこの憲法は世界平和を希求する基本精神からして近隣諸国に戦争放棄を求めるものでなければならなかったはずだが一切そうしていない。つまり所詮この憲法は矛盾だらけ、欠陥だらけ、弊害だらけの代物だったということだ。日本人の平和運動活動家は勘違いしている。

満州国

中国韓国満州は古くは中国朝鮮女真という3つの民族国家だった。清は満州族が作った。日本は満州国を作ったが経営は比較的うまく行き中国よりも発展し近代化した。ここも朝鮮や台湾と同様に単純に植民地とは言えない所がある。中国では内戦が続いていた。女真満州共産主義中国に吸収されたのは不幸なことだったという意見がある。満州国が残っていた方がもしかしたら良かったかもしれないということだ。もともと3つの民族国家だったのだからそういう見方もあるかもしれない。

日中戦争

日中戦争と言っても当時の中国は内戦で政府がなかった。だから日本は宣戦布告していない。各地方の軍閥は欧米の支援を受け代理戦争のような状態だった。相手の政府や武装勢力が多過ぎた。戦争相手が誰なのか不明確であった。そのような中に日本が介入し後に引けなくなったのが実態だったと言える。これは侵略と言えるのだろうか。この中国の主張は自分達の侵略膨張主義の隠れ蓑なのではないだろうか。各地方の軍閥を欧米が支援していた事実は棚に上げて日本だけが侵略したという主張は事実と異なるのではないだろうか。単純に日本を攻撃したいだけなのではないかと思う。日中戦争は単純な日本の侵略ではなかった。今までは分析できなかったことがようやく最近になって正常に分析できるようになってきたと思う。

中韓の歴史攻撃

黄文雄氏の、日本を陥れる中国・韓国の罠ー捏造された近現代史、米中韓が仕掛ける歴史戦ー世界史へ貢献した日本人を見よ、という本を読んでいる。南京大虐殺慰安婦問題、については、前から日本の文明、文化としては、おかしい、あやしい、あり得るのか、と何となく違和感を持っていたのだが、この2冊の本を読んで謎が解けてきた。中国韓国の自国文化のコピー、投影、ということだ。自分達のやってきたことを日本に擦り付けているのだ。反日を煽るのに分かりやすかったからだ。日本の文化とはどう考えても異質である。むしろ中国韓国の文化なのである。つまり、やはり90%嘘と捏造であるということがハッキリと言える。日本や世界の大半の人は薄々気付いているのではないだろうか。この2冊の本はぜひとも英語に翻訳してアメリカや各国や国連に配ってほしい。日本でも必読書にしてほしい。